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2005年1月17日 (月)

1月17日

今日は阪神淡路大震災から10周年です。
改めて亡くなられた多くの方々のご冥福をお祈りすると共に、
これまで勇気を持って立ち向かってこられた被災された多くの方々に対して、心から敬意を表したいと思います。

私は被災していませんが、私の家はもと干拓田だったところが住宅地になったので、よく揺れました。
実はこの日は大学の卒論を提出する日で、私は普段なら早くに寝ているのですが、この日は遅くに寝たので、午前5時でもすぐに目を覚ましました。また卒論は昼の12時までに事務室に提出しなくてはならないきまりになっているのですが、関西の電車は近鉄を除いて動いていませんでした。私はその近鉄にのって鶴橋までは着いたのですが、その後がJRも地下鉄ももちろん動いていません。当時まだ携帯電話を持つ人は少数派で、駅の公衆電話には長蛇の列ができ、いつの間にか同じく卒論を出しに来た友達3、4人が集まって、どうするか相談しました。鶴橋から大学まで歩いても一時間はかかり、もう12時には間に合わないのです。結局誰かが事務室と連絡がとれて、大学に行かなくてもいいということになり、みんなでとりあえず安心して家路につきました。家に帰ると大惨事の様子がテレビにずっと映されていて、初めて事の重大性を知りました。

夜になって、神戸に住んでいる同級生のことが心配になりました。彼女は被害が報告されていない西区に住んでいたので、大丈夫だとは思ったのですが、それでも連絡したいと思いました。それと結局卒論は提出できないことになったので、とりあえず、大学の先生に連絡しようと思いましたが、家の電話は全然通じず、親が「ニュースで公衆電話なら通じると言っていた」と教えてくれたので、近くの公衆電話に行くと、同じ情報を得た人が数人公衆電話に来てました。
私は神戸の同級生ともう一人の同級生、先生2人に電話しました。神戸の友達は元気で、家は大丈夫だけどど家と大学の間がダメだから、大学に行けないということ。卒論の指導をしていただいた先生は、当時尼崎にお住まいで、電話をすると、まず奥様が出られて、その後先生も大丈夫そうだったので、お二人とも大丈夫で良かったと、とても安心したのを覚えています。

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