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2007年11月14日 (水)

「演劇界史上初」?

youyouさんのご指摘で、玉三郎さんの『牡丹亭』南座公演の出所を教えて頂きました。「歌舞伎美人」と<チケットWeb松竹>は購読しているのですが、<チケットホン松竹>は購読していませんでした……

なぜ登録していなかったかというと、他の二つと違って「まぐまぐ」に登録しなければならなかったからだと思います。

閑話休題。その「まぐまぐ」のバックナンバーで南座の牡丹亭公演のニュースを確認できました。それで、すごく気になったことがあるのです。

少し引用してみますね。

会場:南座

◎平成20年3月公演

  『坂東玉三郎 中国・昆劇 合同公演』 公演決定いたしました!

(中略)

中でも、数奇な恋愛を描いた湯顕祖作の全55幕の大作『牡丹亭』は、昆劇の最高傑作とされています。

その名作に坂東玉三郎が特別出演。これは演劇界史上初の日中合同公演となり

ます。玉三郎と中国古典芸能の出会い。

二〇〇八年に新たな玉三郎の伝説が誕生します。

私が気になったのはこの中の「演劇界史上初の日中合同公演となります」という部分。具体的には、この文章を書いた人は何を以て「演劇界史上初」と書いたのかというのが気になりました。

確かにこの公演は「新たな玉三郎の伝説が誕生」する公演だと思います。『牡丹亭』はそれにふさわしい作品なのです。この公演の意義はとてもとても大きいのです。それにケチをつけるつもりはありません。

でもね……。気になるのです…

それで、「演劇界史上初の日中合同公演」が何を指すのか、考えてみたいと思います。まず普通に考えられるのは「日中合同公演」が「演劇界史上初」ということ。しかしこれは違うというのは、皆さん、もうお気づきのはずです。

お能などを含めず、【歌舞伎と京劇俳優の「日中合同公演」】に限って言えば、1989年のスーパー歌舞伎「リューオー」が有名ですが、それよりも昔、梅蘭芳在世の時期にすでに行われていたようなのです。

とりあえず、中国で出版された『中国京劇史』という本が手元にあるので、その本の中の梅蘭芳の3回にわたる日本公演に関する記載を見てみたら、日本の研究者の論文(具体的な論文名も挙がっていますが、ここでは割愛します。日本公演の記事ですから、日本の方が調べやすいですしね)を参考にしたということわりがあって、それによると、梅蘭芳が1919年に初めて日本で京劇の公演を行った時、歌舞伎公演のみとり式の公演の一部分として京劇の公演が行われ、24年の時も同じ形式だったということが書かれています。同じ演目で共演はしていませんが、「日中合同公演」であることには変わりありません。京劇だけの公演もその時の訪日で神戸など別の都市では行われたようです。

ともかく、「演劇界史上初」という言葉で思いつく、【歌舞伎と京劇俳優の「日中合同公演」】という可能性は梅蘭芳初来日の時代にさかのぼっても違うということがわかりました。

その次は【『牡丹亭還魂記』の「演劇界史上初の日中合同公演」】という意味。

昆曲(昆劇)は、私が北京に留学していた99年前後、日本人留学生の間で、二胡など中国民族楽器の演奏などと共に、留学中の習い事の一つとして定着していました。

昆曲は他の習い事に比べて、発表会で湖広会館を借り切ったり衣裳も着たりするので、授業料が格段に高く、私はやっていませんでしたが、私の同学などは半年ごとにある発表会の参加費がバカにならない負担で、ヒーヒー言ってました。別の同学は唱と踊りを一緒に覚えるので、京劇よりも覚えやすいと言っていましたが、それは各人の趣味の違いかなぁ?と思います。私はどちらも魅力的だと思いますが。

で、そこの発表会などで日本人と中国人の先生で、合同で公演をするわけです。確か『牡丹亭』もやっていました。もちろんこれは発表会ですから、チケットを売る公演ではなかったと思います。例えば日本舞踊を習って、藤娘を踊るのと同じような感じかな? でも『牡丹亭』の日中合同公演であることに変わりはありません。 

また北京で昆曲を習った日本人留学生が日本に帰国後も東京とかで集まって発表会をしていた時期もあったようです。そこで『牡丹亭』が上演された可能性は十分にあると思います。今もやっているかどうかは知りませんし、これはお金を取ったかどうかまでは、私は知りません。日本の劇場事情を考えると少しは入場料を取ったのではないかと思いますが……

ともあれ、昆曲『牡丹亭』の中国人と日本人の公演が初というのも、ちょっと違うと思います。

もっとも、日本人留学生はアマチュアの人が舞台に立っているので、昆曲のプロの俳優がやるのは「初」だと解釈できるかもしれません。

でも、これもまた違います。というのも、玉三郎さんはもとより、今回の公演でヒロイン杜麗娘を演じる中国人俳優胡文閣さんと劉錚さんは京劇の俳優さんで昆曲のプロではないのです。(相手役の柳夢梅は昆曲の俳優が演じます。)

ちなみに、だから中国語的は、今回の公演は「京昆」(京劇と昆曲)俳優の公演と言うべきなのです。梅蘭芳のことをときどき「京昆大師」といいますが、京劇と昆曲はそれほど違うのです。

あるいは、プロの歌舞伎俳優とプロの昆曲の俳優が『牡丹亭』を演じるのが「演劇界史上初の日中合同公演」だと言いたいのかもしれません。

しかし、これも残念ながら初めてではないのです。以前にも紹介しましたが、2003年ぐらいに市川笑也さんが上海昆劇院の若手俳優張軍さんと一緒にNHKホールで『牡丹亭』「驚夢」を踊っています。この時笑也さんは歌舞伎の扮装で、張軍の昆曲の唱に合わせて踊るという形を取っていました。10分ぐらいの短いものでしたが、確かに昆曲『牡丹亭』「驚夢」の世界でした。

中国側司会者が、「日本の杜麗娘」(と言っていました。日本語には訳されていませんでしたが)の美しさに感嘆し、終わった後のインタビューで笑也さんがしゃべりだすと男性だとわかって、ちょっと驚いていた表情が印象的でした。

で、結局、最初の問題は私の中では解決しておりません。どなたか教えて下さいm(_ _)m

しかし、NHKホールでの『牡丹亭』放映時には、日本側には全く注目されなかった『牡丹亭』という作品が、玉三郎さんによって、日本で南座で公演されるのです!

私はこの歴史的瞬間に立ち会える時を今か今かと心待ちにしているのです! あぁ、曲がりなりにも中国演劇を勉強してきて良かった!と思っているのです。こんな日が来ようとは、思いもよりませんでした。

でも気になることが… 前にも書いたかもしれませんが、実は『驚夢』の柳夢梅の唱は、杜麗娘の服をどんどん脱がしていって、最後に「ちょっと痛いけど我慢してね」とけっこうリアルに表現している部分があるのです。(その後は「花神」が登場することで二人の時間は処理されます)笑也さんの時には字幕が全くついていなかったのですが、玉三郎さんはどうするのでしょうか… それに日本語の字幕をつけると、どうなるのでしょうか、ととても心配しております。日本語字幕をつけないと、何を唱っているのか意味がわからなくなります。

日本語の字幕をつけるなら、舞台にふさわしい訳を切に願っています。

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