« どうして日本の劇評家は京劇の劇評を書かないのだろうか | トップページ | 「京劇白蛇伝2016」大阪公演の感想2 »

2016年6月15日 (水)

「京劇白蛇伝2016」大阪公演の感想1

6月11日(先週土曜日)に中国国家京劇院来日公演『京劇白蛇伝』の大阪公演がありました。 私は夜の部5時から、つまり来日公演の最終ステージを見ました。

最初に強調しておきますが、私は楽戯舎が長年にわたり京劇の公演を継続して行い、日本において毎年京劇の公演が行われる状況を作ってくださったことや、また毎回、中国を代表する京劇団を招聘しておられることに強く敬意の念を抱いております。 であるからこそ、今回の国家京劇院の公演の千秋楽があのような悲惨な公演であったことをとても残念に思います。

そうなのです。私がこれまで見てきた京劇の舞台の中で一二を争うほどの悲惨な舞台でした。 悲惨というより、「ぐだぐだ」といった方が適切だと思います。特に「ぐだぐだ」だったのは立ち回りです。私が十数年前に何回か見た当時の『白蛇伝』と比べると、立ち回りがかなり少なかったのですが、それでもカツラが取れるというレアな失敗が1回、ズボンのひもがゆるんだのか、ズボンが脱げそうになるという超レアな失敗が1回ありました。

この週末、この感想を書くべきかとても悩みました。このようなことをネット上に書くことに、京劇ファンの一人として、ためらいを感じます。 しかし、やはり書くことにしました。

俳優たちはほとんどが若手ですが、彼らに技量がないわけではありません。若手には若手の良さがあります。しかも今回の来日公演の俳優達は北京ですでに何回も『白蛇伝』を公演して、中国人の若いファンからも好評を博している人たちです。現に大阪の二回目の公演でも、ぐだぐだだった立ち回りの後の「断橋」では、彼らの力をしっかりと見せてくれて、私は一観客として救われた思いがしました。

国家京劇院としても力を抜いていたわけではありません。数年前の二団の公演(「長坂坡」等)の時のように、団長の李海燕が途中で北京に帰ったりしていません。通常なら途中で帰ってしまうことの多い幹部も今回は陳櫻副院長が帯同、また三団の団長である張建国さんも帯同して、若手の公演をバックアップするという万全の体制を取っていた模様です。 しかし、ぐだぐだな舞台が出現してしまいました。

その原因は一にも二にも俳優たちにあります。主役の三人に大きなミスがあったわけでなく、例えば、野球の試合でバッテリーが失点を何とか3点までで抑えていたのに、外野がエラーを連発して敵に大量得点を許してしまったかのような、主役からすれば、ちょっと気の毒な舞台でした。ただし、主役が舞台上にいた全ての時間で、懸命だったかといえばそうともいえないような感じもします。

楽戯舎の以前の来日公演でも、舞台の質が悪かったという話を聞いたことがあります。 日本公演は中国での公演と異なり、昼と夜の一日二回公演が多いから疲れが出たとみる見方もあるでしょう。しかし、もっと長期間で日本全国を巡業する超ハードな民音の公演では、多少のミスはあっても、このようなグダグダな公演を少なくとも私は見たことも聞いたこともありません。

残念ながらこの数年、北京での公演でも時たま質の悪い舞台があると、耳にするようになりました。それは多分にして中国の一人っ子世代が四十代に突入し、舞台の中心となる世代が三十代という、一人っ子が当たり前の世代になってきたことと関わりがあるのかもしれません。質が悪いとまではいかずとも、京劇界全体の俳優の技量の低下は著しいものがあり、その現状が図らずも露呈してしまったという見方もできると思います。しかしそれは全く言い訳にはできません。

なぜこうなってしまったのか。その原因をさぐることはできないか。そんな思いでいっぱいです。 今後、無い脳みそをひねって、考えてみたいと思います。

|
|

« どうして日本の劇評家は京劇の劇評を書かないのだろうか | トップページ | 「京劇白蛇伝2016」大阪公演の感想2 »

観劇記(京劇)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« どうして日本の劇評家は京劇の劇評を書かないのだろうか | トップページ | 「京劇白蛇伝2016」大阪公演の感想2 »